湯本 香樹実「夏の庭―The Friends 」

子ども~10代向けの本のレビューサイトの書評であるのに、今までは単に最近自分が読んだ本の紹介でしかなかったことに気付いたので、たまには自分が中学生の頃読んだ本を紹介したいと思います。

「夏の庭」は小学6年生の『ぼく』・山下・河辺の3人の少年と1人のおじいさんの交流を描いた物語です。山下が祖母の葬儀に出たことをきっかけに「人が死ぬ瞬間を見てみたい」と思った3人の少年は、町内で一人暮らしをしている今にも死にそうなおじいさんの家を「観察」しはじめます。しかしなかなか死なないおじいさん。やがて「観察」のことはおじいさんにばれ、3人は最初に怒られこそすれど、いつしか少年たちの一方的な「観察」は次第におじいさんと少年たち双方の交流へと変わっていくのでした。

この物語のテーマはずばり「死とは何か」です。しかしその問いに対する明確な答えが作中で示されているわけではありません。むしろ死とは何かが定義づけされないからこそ、少年たちの視点を通して読者たる私たちそれぞれが死とは何かについて個別の解釈を導き出すことができるのです。その点で物語のテーマは「死とは何か」というよりも「死とは何かについて考えること」と言ったほうが正確かもしれません。
先述のあらすじを踏まえれば最終的に少年たちとおじいさんに死別の時が来ることはある程度想像できるでしょう。確かに、おじいさんは最終的に亡くなってしまいますが、だからといって「おじいさんと男の子たちが絆を深めて死んで別れて感動ね」というだけで終わらないのがこの作品のいい点です。というより、それだけで終わってほしくないという私の願望かもしれませんが。中学生や高校生になると文字数が多くてちょっと難しい本を読むことにも次第に慣れてくると思います。そうなると結末ばかりを気にして、本を読むことで自分の考察を深めるということがおろそかになりがちです。

『死ぬということは息をしなくなることだと思っていたけれど、それは違う。生きているのは、息をしているってことだけじゃない。それは絶対に違うはずだ』
作中の「ぼく」の言葉です。最初は単に人が死ぬ瞬間を見たいという好奇心だけであった少年が、物語を通して少しずつ死ぬこと、そして生きることに対して考えを深めていくこのシーンが印象的です。中高生というのは、大人よりも固定概念にとらわれない柔軟な発想のできる時期だと思います。だからこそ、この「ぼく」の視点を通して死ぬとは何か、逆に生きるとは何か、という点について考え、『考察しながら読み進める』読書を身に着けるきっかけにしてほしいと思います。
そういう点で中高生のみなさんに読んでほしい本です。

『夏の庭-The Friends』
湯本香樹実

新潮社 1994年3月