井上ひさし『吉里吉里人』

時代は1970年ごろ。日本政府に嫌気がさした東北のとある村が日本からの独立を宣言する。その名は吉里吉里村。人口は5000人にも満たないほどの小さな村。ズーズー弁によく似た吉里吉里語による独立宣言はとても本気のものだとは思えない。しかしどうやら吉里吉里人たちはいたって大真面目に日本国からの独立を果たそうとしているようだ。とはいえあくまで田舎のさびれた一つの村が一国として独立などできるはずがない。事態の収束も時間の問題だろうと誰もが考えた。が、一向に独立騒動は収まらない。むしろその独立が徐々に現実味を帯び始める。
というのがこの物語のあらすじです。

この小説は一般にユーモア小説と称されることが多い作品です。もちろん今述べたあらすじの表面だけをなぞってみればたしかに荒唐無稽なように感じるかもしれませんし、本文中には何か所もくすっと笑わされるようなところがあります。そういった点を捉えて見れば確かにユーモア小説と呼んでも間違いではないでしょう。しかしこの小説の本当に優れている点はそういった部分ではありません。
この小説の最大の特長はその圧倒的な情報量とリアリティなのです。

小説内では吉里吉里村ならぬ吉里吉里国に関する描写がこれでもかというほど細かいところまでなされています。例えば物語序盤に登場する吉里吉里語修得のための小冊子はその内容が克明に記されており、さながら実際の語学書のようです。
小説を読み進めていき、吉里吉里国についてどんどん詳しくなるにつれてまるでこの国が実在するかのように思えてくるでしょう。
また、吉里吉里国が日本からの独立を果たすために抱えていたいくつもの切り札的作戦はいたって現実的かつ効果的なものばかりで強い説得力を感じさせるだけでなく、反面どれも日本社会の問題点を鋭く示唆するようなものにもなっていて現代でも続くそれらの問題について考えるきっかけを与えてくれます。
そんなすさまじい設定の数々と説得力ある迫真性に支えられながら繰り広げられる、ある種の壮大な思考実験とも言える本作は、誰もが唖然とするであろうエンディングに至るまで軽やかに、かつ重層的に展開され続けていきます。
文庫本にして三冊にも渡る大作ですが、作中で経過している時間はたったの2日だけ。読み終えるころには改めてこの作品の濃密さを思い知らされることでしょう。

ちょうど4月20日から神奈川県にある神奈川近代文学館展示室で井上ひさし展が開かれるようです。この展示は6月9日まで行われるそうなので、井上ひさし作品に興味を持った方はそちらにも足を運んでみてはいかがでしょうか。

『吉里吉里人』

井上ひさし 
新潮社 1985年9月