舞城王太郎著「熊の場所」

「小説とはいったい何か」

突然このような質問をされてもどう答えたらよいのか分からないと思いますが、ある作家が言うには「人生を描くものだ」とのことです。この答えがあっているかどうかは人それぞれの考えがあるので何とも言えませんが、個人的にはだいぶ的を射た答えではないかと思っています。いうまでもなく人生は一度きりであり、同じ人間が二回も三回も別の人生を生きることはできません。しかし、そうは分かっていても今の自分の人生に退屈し、他の人生を体験してみたいと感じる人は多いと思います。小説は通常では体験することのない第二第三の人生のようなものです。読者は主人公や登場人物に感情移入しながら現実とは違う人生を体感させる、小説にはそのような機能があるのではないでしょうか。今回は現実に退屈している人にとって刺激的な一冊を紹介します。

 

今回紹介するのは舞城王太郎著「熊の場所」です。舞城王太郎は2001年に『煙か土か食い物』で第十九回メフィスト賞を受賞しデビューした作家で、現在若者に人気のある作家のひとりです。舞城王太郎というペンネームを見て「変わったペンネームだな」と思った人もいるかもしれませんが、変わっているのはペンネームだけではありません。この作家は出身地と生年以外本名はおろか顔や性別まで謎に包まれた作家なのです。また舞城王太郎は2003年に「阿修羅ガール」で第十六回三島由紀夫賞を受賞しますが、その授賞式を欠席するという前代未聞の事件を起こしています。ネット上では舞城王太郎の正体について様々な憶測が流れていますが、結局その正体は明らかになっていないのです。

「熊の場所」は「熊の場所」「バット男」「ピコーン!」の三編の短編を収録しています。一編約60ページの長さで、三編合わせて200ページほどですが、一編一編の内容が濃く、かつ若者向けの文体で読みやすく飽きさせない内容になっています。

 

表題作「熊の場所」は主人公沢田宏之が、クラスメイトのまーくんこと田中正嗣が猫殺しの常習犯であることを知ってしまい、その後の二人の複雑な交流を描いた作品です。宏之はある時まーくんのランドセルの中から猫から切り取った尻尾が出てくるのを目撃してしまい、まーくんに対して例えようもない恐怖を抱き始めます。しかし、宏之は父が昔言った「恐怖を消し去るには、その源の場所に、すぐ戻らねばならない」という言葉を思い出し、逆にまーくんに近づくことを選択します。まーくんへの恐怖を消し去るべく、宏之はまーくんに接近し、二人は一緒に遊ぶ仲になるのですが、同時にまーくんが猫を殺しているという決定的な証拠も発見し、さらにまーくんが猫だけに飽き足らず宏之を殺そうと考えていることも知ってしまいます。

 

この作品は宏之が、最初まーくんの猟奇的で変態的な性癖に恐怖しながらもそれを克服し、次第にまーくんを常人を超越した特別な人間であると考えはじめるまで心の変化を描いています。近くに猟奇的な人物がいるという恐怖を逆にスリルとして楽しみ始める主人公宏之に感じながらも、「その気持ち、少しわかるかもしれない」と私は思ってしまいました。文体は軽く、少年の目線で書かれていますが、かなりグロテスク内容も含んでおり、そのギャップもこの作品の魅力となっています。

 

ここでは紹介しませんが、他の二作の内容も刺激的で、時にはグロテスクでエロティックな描写も多くあります。しかし、いったん読み始めるとその刺激的な世界の虜になってしまうことでしょう。興味を持った方は是非この本を手に取って刺激的な世界を体感してみてください。

 

「熊の場所」

舞城王太郎 講談社文庫 初版2002年