川上弘美『神様』

川上弘美のデビュー作であり本のタイトルにもなった『神様』を含む9つの作品が収録された短編集です。

 

川上弘美の作品といえば以前『センセイの鞄』という2人の男女の日常を描いた話を読んだことがあるのですが、『神様』も主人公の「わたし」の日常を描いています。しかし『神様』における日常は我々読者が普段目にし体験する日常とは少し異なっています。

 

 「くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである。」

 第1篇『神様』の冒頭です。あたかもそこに何の違和もないような風に人間たる「わたし」がくまと会話をし共に散歩に出かける様子が書かれています。また他の8篇においても、梨の妖精を飼ってみる(『夏休み』)、人魚に魅了される(『離さない』)、亡くなった叔父と会話をする(『花野』)、といったように現実世界ではありえない「日常」が描かれています。文庫版の裏表紙には「不思議な<生き物>たちとのふれあいと別れ」という表現が用いられていますが、亡者もいるので生き物と括ってしまうよりは「(不思議な)普通ならざるものたち」と言ったほうがより正確かもしれません。

 

話の一つ一つを読み終えた時には、和んだり、ぞっとしたり、少し切なくなったりと多彩な印象を受けます。文体は全体を通して淡々と柔らかい感じですが、時折下ネタが混ざってくるのがまたユニークです。


私のお勧めはやはり第1篇の『神様』。あらすじは先述のとおり熊と「わたし」が川原に散歩に出てランチを食べ帰ってくるというものです。それだけでも不思議なのですが、それ以上に不思議なのがこの『神様』というタイトルです。他の8篇に関してはその内容に関連したキーワードや場所、時期などが題になっていますが、『神様』だけは「神様」を連想させるものはなく、文中にも「神様」という単語は1度きりしか出てきません。何故この短編のタイトルは『神様』で、書籍そのもののタイトルにさえなったのでしょうか。

 

実をいうとその答えは第9編『草上の昼食』まで読むとなんとなくわかる、と思います(個人の解釈にもよるのではっきりとは言えませんが)。一度最後まで読んだうえでまた第1篇から読み直してみると、また初回とは違う観点から物語を読めるかもしれません。またこの『神様』に関しては、アフターストーリー的位置の『神様 2011』という本も発行されているらしいので、併せて読むことをオススメします。

 

悪い言い方をすれば、テーマはない。我々読者の心に大きな何かを主張してくるような本ではありませんが、淡くもほっこりと描かれる非日常的日常は読了後読者に抽象的ながらも確実にインパクトを残してくれます。

とにかく読みながら全てが夢のように感じられる、今の時期の春のうららかさに身を任せながら読みたい1冊です。 

(マツバラ)

               

『神様』川上弘美

中央公論新社 200110