新世界より

 

「このクラス、あの農場に似てるわ。ほら、和貴園で見学に行った」

和貴園という小学校を卒業した渡辺早季は、進学した学校のクラスに対して、こんな感想を同級生に漏らす。

物語序盤、彼女は、クラスの同級生たちが学校から家畜のように管理されていると感じたのであった。

 

本作は、ジャンルとしてはSFやファンタジーに属する作品である。しかし、著者の貴志祐介はこれまでにホラーやミステリーといった部類の作品を多く執筆し、かつ数々の賞を受けてきた作家でもある。そういった経験を持つ作家によるものであるためか、この作品の持つサスペンス性は非常に高く、読み進める間中ずっと、どこかに宙吊りにされているかのような不安心を掻き立てられるのが特徴である。

物語の舞台は今から1000年後の日本。しかしその姿は、しばしばフィクションで語られるような科学の発展目覚ましいテクノロジー社会というわけではなく、むしろどこか牧歌的なまでに自然に囲まれており、未来的というよりはある種、古き良き日本、といった趣を感じさせる。一体なぜ文明はそのように逆行してしまったのだろうか。

今我々が生きるこの世界と地続きであるはずの1000年後の世界に至るまでに、果たして何があったのか。この謎こそが、本書の中で徐々に明かされていく重要な事実なのである。

 

私たちの世界と、1000年後の世界との間にある大きな違いの一つが“呪力”の存在である。

呪力とは一種の念動力(サイコキネシス)のようなものであり、手を触れることなく、対象に様々な働きかけを行うことのできる力である。1000年後の世界ではほとんど誰しもがこの能力を使いこなしている。

さて、もしも自分にそのような力があれば、あなたならどのように使うだろうか。

仕事のために使う人もいるだろうし、面倒な家事を片づけるために使うという人もいるだろう。中には、誰かを傷つけるために使う、という人もいるのではないだろうか。

しかし、この1000年後の世界では誰かを傷つけるというような残忍非道な使い方をするものは誰もいないのである。

 

物語の序盤から、主人公である早季を含めた子供たちは、やや過剰なまでに非道徳的な行為に対して嫌悪感を表し、それを強く否定する。この未来の世界では、私たちが現代社会を生きる上で日々遭遇し、仕方なく折り合いをつけているささいな“非道徳的行為”すらも激しく忌避されることのようである。

 

子供たちのその感性は教育によってに刷り込まれる。学校に通う子供たちは、呪力を使えるようになる前の幼いころから繰り返し倫理を説かれ、正しい道徳規範を身に付ける。その陰で、まれに現れる性格に欠陥のある者は排除され、誰の記憶からも消し去られる。そうして学校に管理されながら、子供たちは成長していくのである。

このどこか過剰なまでに神経質とも言えるシステムが根を下ろしている理由、不自然なまでに平和な未来の日本に至るまでの歴史、そして誰もが当たり前に用いている呪力というものの正体。それらの謎は一つの答えに帰結するのだが、その答えを、早季自身が成長しながら理解していくうちに、徐々に世界の崩壊の予兆は訪れる。不安を感じながらもどこか希望のあった早季の子供時代が終わるころから、物語の不安さが加速度的に現実味を帯びていく。その急展開するストーリーにはどうしようもなく惹きつけられてしまうだろう。

 ここまではあまり述べてこなかったが、この作品のSF、ファンタジー的な世界観も、物語を構成する大きな要素である。舞台はパラレルワールドではなく、あくまでも現実の世界であるため、荒唐無稽なものは登場せず、空想のものでありながらもどこかリアリティのあるものが多く登場する。この作品で重要な役割を担う“バケネズミ”は人間の言うことを聞く家畜のような存在であるが、幻想的というよりもむしろ悲痛なまでに生々しい生き物である。

また、物語序盤に登場する“ミノシロモドキ”はウミウシのような生き物の見た目をしているが、実はその正体は生物ではなく、一種のデジタルデバイス(Panasonic製)なのである。、早季たちに重要な事実を伝えることになるこの情報端末は、先史文明の遺産として登場するが、1000年後の世界を生きる早季たちとのギャップはどこかシニカルにも感じられる。

このほかにも本作品特有の生物や機器などが登場するが、どれも従来のSFやファンタジーのそれとは一味違った様相を呈しており、そこから生まれる世界観は、一般的なそれらのジャンルのものとは一線を画す魅力を持ったものに感じられるだろう。

本作品は2008年に発表され、第29回日本SF大賞を受賞している。その後、昨年の文庫化を契機に様々な展開がなされ、現在ではTVアニメが放送中であり、漫画化もされている。

今から1000年後の世界を生きる早季がさらに未来の人々へ宛てた手紙でありながら、同時に、現代を生きる我々へのメッセージにもなっているという本作。小説を含め、様々な媒体で楽しんでみてはいかがだろうか。(中川)


『新世界より』

貴志祐介 講談社 20081