2010年のベスト本

2010年

12月

30日

【特集:今年のベスト本】『走れメロス』

 学校の授業で習うとその小説がつまらなくなってしまうことがあって、おそらく『走れメロス』は、“学校で習ったせいでつまらなく感じてしまう小説”のトップに冠されると思う。それは、『走れメロス』を“美しい友情を奨励する教訓”のように読むことが可能だからだ。

 

 疑い深く、次々と家族忠臣を殺していた王に、死刑を宣告されるメロス。彼は、“死はいとわないが、妹の結婚式に出るために3日だけ猶予がほしい。もし私が帰ってこなかったら、友人のセリヌンティウスを殺してくれてかまわない”という。王との約束を取りつけたメロスは、故郷に帰ってから結婚式を済ませ、再び王の元へ走る。途中いくどもくじけそうになるメロスだが、最後には死刑場にたどり着き、セリヌンティウスと抱き合う。それを見た王も改心してめでたしめでたし、が『走れメロス』のあらすじだ。

 でも、これはほんとうに美しい友情の話なのだろうか? 実は、文中で作者の太宰はメロスをこう描写している。


“メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。”


 この一文にひっかかると、『走れメロス』は友情万歳話から、無謀な若者が乱暴な約束を取り付けてしまい、途中でくじけそうになるがなんとか大義を忘れずに約束を守り通す話に変わる。バカな奴だって約束を守るくらいの意地はあるという話でもいい。太宰治だって別に「友情はすばらしー」と描きたかったわけじゃないかもしれない。

 文豪太宰治の『走れメロス』を中心に編まれた短編集は児童文庫でも大人気で、フォア文庫、青い鳥文庫、偕成社文庫、岩波少年文庫、角川つばさ文庫から発売されている。でも、つばさ文庫が抜群に面白い。子供向けの作りだけど、大人にだって初めて太宰を読む人にはこれを勧めたいくらいだ。
 それは、これが太宰のユーモアと情けなさを軸に編まれているからだ。 たとえば、『黄金風景』。うだつのあがらない作家生活を送っている主人公の元に、子どものころにいじめていた女中があらわれる。女中が品のいい中年の奥さんになっているのを見た主人公は、思わず逃げ出してしまう。だけど、その後彼女が自分を恨んでおらず、むしろ誇りに思ってくれているのを知り、心地よい負けの感情に包まれる。

 この中にあるうだつのあがらなさの描写が、なめらかなのにしごく情けない感じでいい。


 “ひとびとの情で一夏、千葉県船橋町、泥の海のすぐ近くに小さい家を借り、自炊の保養をすることができ、毎夜毎夜、寝巻をしぼる程の寝汗とたたかい、それでも仕事はしなければならず、毎朝々々のつめたい一合の牛乳だけが、ただそれだけが、奇妙に生きているよろこびとして感じられ、庭の隅の夾竹桃の花が咲いたのを、めらめら火が燃えているようにしか感じられなかったほど、私の頭もほとほと痛み疲れていた。”


 『黄金風景』は太宰自身がモデルなのだけど、その窮状をこういうふうに書けてしまう茶目っけとスピード感がいい。ほかにも、名士として呼ばれた故郷の宴席で、自分をうまく表現することができずにいじけてしまう『善蔵を思う』や、「私は、犬については自信がある。いつの日か、かならず喰いつかれるであろうという自信である。」という出だしで犬に対する愛情を遠回しに表現した『畜犬談』、家族を幸福にできない自分のふがいなさを嘆く『桜桃』など、まとめて読んでいるうちに太宰治と会話したくなるような作品が収録されている。 

 会話の中身は「お前みたいな情けない男は嫌いだ」かもしれないし「太宰さんは私にそっくりです」かもしれないけど。 トリが慶應の学生にあてた手紙『心の王者』。

 

 “いかがです。学生本来の姿とは、すなわちこの神の寵児、この詩人の姿に違いないのであります。地上の営みにおいては、何の誇るところが無くっても、其の自由な高貴の憧れによって時々は神と共にさえ住めるのです。(中略)三田の学生諸君。諸君は常に「陸の王者」を歌うと共に、又ひそかに「心の王者」をもって自任しなければなりません。神と共にある時期は君の生涯に、ただこの一度であるのです。”

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2010年

12月

27日

【特集:今年のベスト本】『希望(ホープ)のいる町』

  今年いちばんを選ぶために、年末かけこみで気になっていた児童書/YAを読みあさった、という本末転倒ぶりでしたが、はからずも号泣してしまったのがこちらでした。作品社の新しいシリーズ、金原瑞人選「オールタイムベストYA」の1冊です。

 

 「ホープ」は高校生の女の子。産んですぐ姉に預けて出て行ってしまった母親がつけた名前を捨て、自分で付けた名前です。名コックのおばと一緒にウエイトレスとして働き全米各地を転々とするホープがたどり着いた店のオーナーは、町の汚職事件を追及するために病気を持ちながら町長選に立候補することに。

 複雑な生い立ち、選挙活動、不正や犯罪など、高校生にとっては過酷といえる環境を背景にしているのですが、決して悲劇にも、感動を誘う材料にもしていません。レストランが舞台だけに、料理や、厨房、給仕の仕事が生き生きと描かれていて、「希望」を感じさせます。働きながら、新しい環境にも小さな町にも溶け込んで暮らすホープに惹かれ、すっかり感情移入していました。子どもの頃、海外児童文学を読んだ時に感じたのは、こんな新鮮な驚きだったかも、と思い出しました。

 今の日本の中高生が共感するのはリアルな日常を描いた作品が主流でしょうが、不幸や病気がテーマでも、こんな味わいの作品もあるというのを知ってもらえれば、と思いました。

(神谷巻尾)

 

『希望(ホープ)のいる町』

ジョーン・バウアー作 中田香・訳(作品社)2010年3月

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2010年

12月

23日

【特集:今年のベスト本】『くつやのねこ』

 「長靴をはいた猫」を下敷きにした絵本です。

 

  繊細で可愛らしい絵が印象的です。 貧しい靴屋と暮らしているネコがその知恵を働かせて、何にでも変身できる魔物から靴の注文をとりつけますが、代金を払ってもらえなくて・・・。  話は単純ですが、クライマックスの絵が衝撃的です。

 

『くつやのねこ』

いまいあやの BL出版  2010年5月

 

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2010年

12月

20日

【特集:今年のベスト本】『どろんころんど』

 振り返ってみると今年は「アリス」が元気な年でした。ティム・バートン監督による映画『アリス・イン・ワンダーランド』の公開は記憶に新しいです。さらに角川つばさ文庫では、新訳版『ふしぎの国のアリス』『かがみの国のアリス』が刊行されました。つばさ文庫版アリスは、河合祥一郎が原著の言葉遊びを日本語に巧みに取り込み、okamaがかわいらしいイラストで物語に華を添えた、非常に楽しい本になっています。

 

 そんな中、和製アリスの決定版ともいうべき作品が登場しました。福音館書店のSFレーベル「ボクラノSF」初の書き下ろし作品として発表された『どろんころんど』です。今年の日本SF大賞の候補にもなり、高い評価を受けています。

 物語の内容は「アリス・イン・どろんこワールド」です。この作品の「アリス」は、少女型のロボットです。彼女の使命はカメ型の子守りロボット(レプリカのカメで「レプリカメ」)の万年1号の宣伝ショーをすることでした。ところが長い休止モードから目覚めた彼女が外に出てみると、なぜか人間はどこにもおらず、世界は泥の海になっていました。人間がいないことにはアリスは自分の使命を果たすことができません。アリスは人間を探すため、万年1号とともに泥だらけの世界で冒険を繰り広げます。

 どろんこワールドでどんな奇想天外な冒険が展開されるかについては、読んでのお楽しみということで詳しくは語りません。しかし、早くも10年代を代表するSF児童文学の傑作が登場したということだけは断言できます。

(yamada5)

『どろんころんど』

北野勇作・作 鈴木志保・画(福音館書店)2010年8月

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2010年

12月

16日

【特集:今年のベスト本】 『僕とおじいちゃんと魔法の塔』

 

 香月日輪 最高のエンタメです。 

 主人公に成長がない?・・・いいんです。そーゆー話ではないのですから。 とんでもない人間(人間外)が繰り広げるやりたい放題の物語ですもの。 いや、主人公の龍神も第1巻でちゃんと成長します。

 

 でも、2巻以降は個性的なキャラたちに押されて透けてきます(笑) そして、この本も『妖怪アパート』とリンクしています。 ちなみに、この本を同じ学校の40代の栄養士に貸したら面白くて10回読み返したそうです。

(ニャン左衛門)

『僕とおじいちゃんと魔法の塔』①〜③

香月日輪 /著  角川文庫  2010年

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2010年

11月

28日

【特集:今年のベスト本】「ミラクル☆コミック3 ホントの世界をつくろう」

私のベスト1は、「ミラクル☆コミック3巻 ホントの世界をつくろう」です。

本作シリーズの主人公は、マンガ読みの両親のもとで育てられたサラブレットのオタク少女です。
ある日、憧れの漫画家先生にファンレターを書いたことがきっかけで、近くにある仕事場にお呼ばれされます。当日、お邪魔してみるとその日が連載マンガの締め切りで、アシスタントの人もお休みで人手が足りない。
あれよあれよと主人公がマンガ描きの手伝いをすることになって……と、ここまでは多少のツッコミどころはあろうと予想の範囲内だったのですが、そのあと、こちらの想像を上回るカオス展開に突入していきます。

これだけだと、ただドタバタでコメディタッチな内容の作品なのかと思われるかもしれませんが(実際そういった側面もありますが)、本作の真骨頂は「寓話性と社会風刺性」だと思っています。

主人公は両親の影響によりマンガ好きであることが災いし、なかなか気が合う友だちができません。そんな日々、自分に話しかけてくれたクラスメイトの女の子と仲良くなりたいと、マンガ修行を通じてコミュニケーションの仕方を学んでいきます。
この主人公をとりまく出来事が、実は現代の社会状況をかなり反映していて、娯楽作ではありますが「いまの子どもたちの持つ悩み」にかなりコミットしていると思えます。
また、作品の柱となってる“あるギミック”が社会学などでも言われている社会状況を的確に映していて、こちらでも感心させられました。

3巻で扱われているのは、主人公をいじめてきた「いじめっ子の心理」です。
実はこれも、有識者が指摘するようないじめっ子の心理分析とかなり合致していて、「児童文学」としてかなり良書なんじゃないかと唸らされました。
近年言われている「児童文学のライトノベル化」という流れにあって、イラストからしてライトノベルチックな作品なのですが、娯楽要素を担保しつつ、現代の子どもたちの問題を描くという「ライトノベル的児童文学」みたいな可能性を感じさせる作品だと思います。

騙されたと思って、読んでみて頂きたい一冊です。

(すがり)

「ミラクル☆コミック3 ホントの世界をつくろう」
松田朱夏・著 琴月綾 ・イラスト(岩崎書店/フォア文庫) 2010年10月

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