2011年

1月

31日

奇界遺産

 休み時間が退屈で、友達との会話も盛り上がらない。そんなときはこの本を持っていくといい。絶対、バカみたいに盛り上がる。ひょっとしたら盛り上がりすぎて、本が君の手に戻ってこないかもしれないが。

 

 『奇界遺産』。聞きなれない言葉だろう。そりゃそうだ。奇界というのは<奇妙な想像力>が作り上げた<奇妙な世界=奇界>で、この本を書いた佐藤健寿さんが作った言葉で、誰もが使っている言葉ではない。そして、この本には、おそらく君が”奇妙な世界”と聞いて想像できる奇妙さではとても追いつかないくらい、狂気に満ちた世界が広がっている。

 

 たとえば、タイのワッパーラックローイというお寺。その様子を表す文章を紹介させてほしい。

 

  “寺の名を借りたモンスター・パラダイスとでも言うべき、壮絶なコンクリートジャングルがそこにある。電動で仏像が回転しながら、ゲーム方式でコインをトスさせるアグレッシブな賽銭回収マシンから、ときに住職の念仏をかき消すほど激しい咆哮をあげる巨大恐竜まで。ノー・リミットで暴走する住職の想像力を具現化した、一大仏教ギャラクシーが繰り広げられている。” 

 

 これを読んでも、どんな寺かまったく想像できないだろう。27枚にも及ぶ写真を見ても、この寺をうまく形容する言葉は浮かんでこない。とてもまじめな仏教寺らしいのだが、写真と文章を見ていると、腹を殴られ続けているような奇妙な笑いが押し寄せてくる。

 ほかにも、延々と貝殻を使った細工を作り続け巨大な廟を完成させたおっさんや、ワニの一本釣りができるテーマパークなど、解釈しがたい大量の写真が200ページ近くものボリュームで紹介されている。

 ここには役に立たないもの、意味のわからないもの、不合理なものがたくさん紹介されていて、そのどれもが強烈な磁力を発して私たちの目をくぎづけにする。まわりにあるどんな役に立つものたち、意味のあるものも、このパワーにはかなわないはずだ。

 想像することすらできないむちゃくちゃな世界がこの世のどこかにある。それは、「たとえ今この教室の中が退屈でも、どこか別の場所にいけば面白いことがたくさん待っている」ということでもある。そして“面白い”という気持ちだけで世界中を回れる人がいるというその奇矯さにもドキドキする。206pに渡る、これは世界を旅するための宝の地図だ。 (池田智恵)

 

『奇界遺産』

佐藤健寿著(写真&文) エクスナレッジ 2010年1月20日

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2010年

12月

30日

【特集:今年のベスト本】『走れメロス』

 学校の授業で習うとその小説がつまらなくなってしまうことがあって、おそらく『走れメロス』は、“学校で習ったせいでつまらなく感じてしまう小説”のトップに冠されると思う。それは、『走れメロス』を“美しい友情を奨励する教訓”のように読むことが可能だからだ。

 

 疑い深く、次々と家族忠臣を殺していた王に、死刑を宣告されるメロス。彼は、“死はいとわないが、妹の結婚式に出るために3日だけ猶予がほしい。もし私が帰ってこなかったら、友人のセリヌンティウスを殺してくれてかまわない”という。王との約束を取りつけたメロスは、故郷に帰ってから結婚式を済ませ、再び王の元へ走る。途中いくどもくじけそうになるメロスだが、最後には死刑場にたどり着き、セリヌンティウスと抱き合う。それを見た王も改心してめでたしめでたし、が『走れメロス』のあらすじだ。

 でも、これはほんとうに美しい友情の話なのだろうか? 実は、文中で作者の太宰はメロスをこう描写している。


“メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。”


 この一文にひっかかると、『走れメロス』は友情万歳話から、無謀な若者が乱暴な約束を取り付けてしまい、途中でくじけそうになるがなんとか大義を忘れずに約束を守り通す話に変わる。バカな奴だって約束を守るくらいの意地はあるという話でもいい。太宰治だって別に「友情はすばらしー」と描きたかったわけじゃないかもしれない。

 文豪太宰治の『走れメロス』を中心に編まれた短編集は児童文庫でも大人気で、フォア文庫、青い鳥文庫、偕成社文庫、岩波少年文庫、角川つばさ文庫から発売されている。でも、つばさ文庫が抜群に面白い。子供向けの作りだけど、大人にだって初めて太宰を読む人にはこれを勧めたいくらいだ。
 それは、これが太宰のユーモアと情けなさを軸に編まれているからだ。 たとえば、『黄金風景』。うだつのあがらない作家生活を送っている主人公の元に、子どものころにいじめていた女中があらわれる。女中が品のいい中年の奥さんになっているのを見た主人公は、思わず逃げ出してしまう。だけど、その後彼女が自分を恨んでおらず、むしろ誇りに思ってくれているのを知り、心地よい負けの感情に包まれる。

 この中にあるうだつのあがらなさの描写が、なめらかなのにしごく情けない感じでいい。


 “ひとびとの情で一夏、千葉県船橋町、泥の海のすぐ近くに小さい家を借り、自炊の保養をすることができ、毎夜毎夜、寝巻をしぼる程の寝汗とたたかい、それでも仕事はしなければならず、毎朝々々のつめたい一合の牛乳だけが、ただそれだけが、奇妙に生きているよろこびとして感じられ、庭の隅の夾竹桃の花が咲いたのを、めらめら火が燃えているようにしか感じられなかったほど、私の頭もほとほと痛み疲れていた。”


 『黄金風景』は太宰自身がモデルなのだけど、その窮状をこういうふうに書けてしまう茶目っけとスピード感がいい。ほかにも、名士として呼ばれた故郷の宴席で、自分をうまく表現することができずにいじけてしまう『善蔵を思う』や、「私は、犬については自信がある。いつの日か、かならず喰いつかれるであろうという自信である。」という出だしで犬に対する愛情を遠回しに表現した『畜犬談』、家族を幸福にできない自分のふがいなさを嘆く『桜桃』など、まとめて読んでいるうちに太宰治と会話したくなるような作品が収録されている。 

 会話の中身は「お前みたいな情けない男は嫌いだ」かもしれないし「太宰さんは私にそっくりです」かもしれないけど。 トリが慶應の学生にあてた手紙『心の王者』。

 

 “いかがです。学生本来の姿とは、すなわちこの神の寵児、この詩人の姿に違いないのであります。地上の営みにおいては、何の誇るところが無くっても、其の自由な高貴の憧れによって時々は神と共にさえ住めるのです。(中略)三田の学生諸君。諸君は常に「陸の王者」を歌うと共に、又ひそかに「心の王者」をもって自任しなければなりません。神と共にある時期は君の生涯に、ただこの一度であるのです。”

 人間失格』『走れメロス』しか知らずに、なんとなく太宰を敬遠しているすべての人たちにおすすめだ。


『走れメロス 太宰治 名作選』

太宰治・作 藤田香・イラスト(角川つばさ文庫)2010年2月

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