第2章 ゼロ年代の児童文学 ライトノベル化のルーツを探る

 

はじめに


 ゼロ年代児童文学のキーワードは「ライトノベル化」と「YA化」です。

 といってもこれはゼロ年代に始まったものではありません。90年代に方向付けられた流れがゼロ年代に定着したものと理解するべきでしょう。 YA化については、森絵都が90年代に決定づけた流れを、彼女に続く講談社児童文学新人賞出身作家が引き継ぎゼロ年代児童文学を盛り上げと捉えると、おおまかな流れが理解できます。


 本稿ではゼロ年代の児童文学のもうひとつの流れのであったライトノベル化について簡単にまとめたいと思います。


 児童文学界においてライトノベル的なものは、ポプラ社系列の作品などだいぶ前から細々と存在していました。しかし、ゼロ年代中盤から現在に至る、ソフトカバーのライトノベル児童文学レーベルが10前後も乱立するようなブームが起こったのは初めてです。

 

 このブームの直接の起点は、児童書文庫を代表する老舗レーベルであるフォア文庫、青い鳥文庫のライトノベル化が本格的に始まった、90年代後半あたりからであると理解するのが妥当であると思われます。

 

  では、ゼロ年代にライトノベル化が加速した外部的な要因として考えられるものを挙げてみます。


■「ハリ・ポタ」ブームの余波で、棚ぼた式にファンタジーが市民権を得たこと

■マンガ・アニメ・ゲーム・ライトノベルなどのサブカルチャーの成熟


 おそらくこのあたりの影響で、時代の波に乗ったという面はあると考えられます。しかし一番の要因は、子供に受け入れられる娯楽小説のあり方を試行錯誤してきた児童文学作家たちの努力です。それがこの時期にひとつの実りをみせたのだと思います。

 

 本稿では現在のライトノベルブームの起点となった老舗2レーベルのライトノベル化を振り返るとともに、それ以前のライトノベル児童文学のルーツと思われる作家を数名挙げ、ライトノベル児童文学の系譜を考えるとっかかりを提示したいと思います。

 

【フォア文庫のライトノベル化】


 フォア文庫は岩崎書店、金の星社、童心社、理論社の四社による協力出版という形で、1979年に創刊されました。青い鳥文庫と並ぶ児童書文庫を代表する老舗レーベルです。フォア文庫のライトノベル化を牽引してきたのは、ファンタジー作品でした。その代表は2007年に完結した以下の3シリーズです。

 

池田美代子『妖界ナビ・ルナ』(2004~2007) 

みおちづる『少女海賊ユーリ』(2001~2007) 

村山早紀『新シェーラひめのぼうけん』(2003~2007)

 

しかし、フォア文庫ライトノベル化を推し進めた一番の功労者は、川北亮司です。彼は実作だけでなく理論面でも重要な人物なのです。

 川北亮司は、90年代にアニメの企画やマンガの原作の仕事に関わっていたことのある、サブカルチャーに専門性を持った作家です。代表作は2000年スタートの『マリア探偵社』シリーズ。現在ライトノベル児童文学の人気作はシリーズが長編化する傾向がありますが、このシリーズはすでに20巻に達しており、巻数の多さはトップクラスです。

 

 1991年に始まった彼の『ふたごの魔法つかい』シリーズがフォア文庫ライトノベル化の源流のひとつであると思われます。さらに2004年には『パルサー宇宙戦記』シリーズをスタート。ミステリ、ファンタジー、SFと、ジャンルをまたいで幅広い作品を成功させています。

 2003年に新日本出版社から刊行された評論集『子どもと本の明日』に、川北亮司は「エンターテインメント児童文学の創作方法」という文章を発表しています。ここでは、「少年倶楽部」の時代の大衆的児童文学が持っていた「キャラクター主義」が現在アニメ界に引き継がれていると指摘し、「キャラクター主義」を再び児童文学に取り戻そうと提言しています。そして自作『マリア探偵社』のキャラクター設定を例に出し、実践的な創作方法を公開しています。ここでは東浩紀的なデータベースからの順列組み合わせによるキャラクター造形がみられます。


【青い鳥文庫のライトノベル化】


 講談社青い鳥文庫は、1980年に創刊された老舗レーベルです。こちらのライトノベル化は、ミステリ作品が主導していました。1994年に、はやみねかおるの『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズがスタート、95年には松原秀行の『パソコン通信探偵団事件ノート』シリーズがスタートしています。

 この二作が始まった90年代中盤は、『名探偵コナン』や『金田一少年の事件簿』などの推理アニメ・マンガブーム、さらに京極夏彦、清涼院流水、森博嗣ら初期メフィスト賞受賞者が起こしたミステリブームと時期を同じくしており、うまい具合に追い風が吹いていました。
 その陰で着々とライトノベル化の流れをつくっていたのは、石崎洋司と令丈ヒロ子です。

 

 石崎洋司は2001年にカードバドルをテーマにした『カードゲーム』シリーズをスタートさせました。このシリーズは途中から画家を緒方剛志に変更し、イラスト面で児童文学ライトノベル化への意志を明確に打ち出しました。

 『カードゲーム』シリーズ終了後の2005年に始まった『黒魔女さんが通る!!』シリーズが大ヒットし、現在に至ります。『黒魔女さんが通る!!』シリーズのイラストには、電撃文庫の『悪魔のミカタ』シリーズで有名な藤田香が起用されました。2010年6月現在12巻まで刊行されています。

 

 令丈ヒロ子は、1993年に『料理少年Kタロー』シリーズを始めました。この作品はドラマ化もされてヒットしました。99年には天才少年医師を主人公にした『Dr.リーチ』シリーズを始め、キャラクターを前面に出したエンタメ児童文学の道を歩んでいきます。

 そして2003年に始まった『若おかみは小学生!』シリーズが大ヒットし、2010年6月現在14巻と番外編数作が刊行されています。令丈ヒロ子の青い鳥文庫作品は、子供を職業と結びつけることでキャラ付けしているのが特徴です。

 

  なお、青い鳥文庫には名木田恵子や倉橋燿子らの少女小説の系譜がありますが、そちらには詳しくないのでここでは言及は避けます。


【ライトノベル化のルーツとなった80年代の作家】


 以上、90年代以降の流れを簡単にまとめました。今度はさらにそのルーツを探るため、80年代からライトノベルのような児童文学を書いていた作家三名を紹介します。


■荻原規子 

 

 一人目は荻原規子です。彼女のデビュー作は1988年の『空色勾玉』。「ファンタジーは売れない」「厚い本は売れない」といった当時の児童文学界の迷信を打ち破った重要な作品であったことはいうまでもありません。

 外見が厚くてごつくて、しかもモチーフが記紀神話というどうみてもとっつきにくそうな本なのに、中身はコバルト文庫のようでリーダビリティが高く娯楽読み物としての完成度が高かったので、多くの読者を獲得しました。


 荻原規子は97年から中央公論新社のライトノベルレーベル「C・NOVELSファンタジア」で「西の善き魔女」シリーズを始めました。たつみや章や時海結以ら、児童文学とライトノベルを横断して活躍する作家の先駆けとしてもおさえておくべきでしょう。

■芝田勝茂 

 

 この文脈で彼が出てくることに戸惑いを感じる方もいるかと思いますが、デビュー作を思い出してみてください。1981年のデビュー作『ドーム郡ものがたり』は福音館土曜日文庫で刊行され、イラストは和田慎二でした。やや乱暴に決めつけてしまいますが、ライトノベルの定義をソフトカバーでマンガのイラストが付いているという外面的なものに求めるならば、これはライトノベルです。

 福音館土曜日文庫は他に『パソコン通信探偵団事件ノート』の松原秀行による冒険小説『竜太と青い薔薇』(イラスト/ますむらひろし)も83年に刊行していました。当時としては先進的なライトノベルレーベルであったといえます。

 

 芝田勝茂については、90年代に中景をすっとばして「きみ」と「ぼく」が「世界」の命運を握る、セカイ系のようなタイプのSF作品を多数発表していたことも押さえておく必要があります。93年の『星の砦』、95年の『きみに会いたい』、97年の『進化論』がそれに当たります。いずれもハードカバーの体裁で出た作品ですが、ライトノベル等のサブカルチャーに親和性の高い心性を持った作品であったことは間違いありません。ちなみに『星の砦』は09年に青い鳥文庫になっており、体裁もライトノベル化しています。


■蜂屋誠一 

 

 80年代後半から90年代前半を駆け抜けていった天才少年蜂屋誠一とはなんだったのか、そろそろ本格的に検証されていい時期だと思います。蜂屋誠一は毎日児童小説特別賞受賞の「タイム・ウォーズ」(1985)でデビュー。『タイム・ウォーズ』執筆当時彼は中学三年生でした。93年の『妖精戦士フェアリーナイト』を最後に、現在は絶筆しています。

 

 彼の作品の特徴は、アニメや特撮、ゲームのような設定やキャラクター、小道具などを作品に取り入れていることです。『妖精戦士フェアリーナイト』などは、アニメや特撮のヒーローものの設定そのままです。

 

  児童文学にはどうしても「教育」というものがつきまとってくるので、大人が上から子供に垂れ流すものになりがちです。対してライトノベルは読者と書き手の距離が近いジャンルです。この面からみると児童文学とライトノベルは相容れないのですが、蜂屋誠一はその壁を打ち破り、近い年代の読者に向けて作品を送り出していました。

まとめ

 

 以上、つまみ食い程度の内容ですが、児童文学ライトノベル化の流れを概観してみました。 ゼロ年代中盤から顕著になったこの流れは、まだ失速する気配はありません。それどころか2009年には角川書店が「角川つばさ文庫」を創刊して児童書業界に本格参入するという事件も起こり、ますます盛り上がりをみせそうです。

 

 いい加減市場は飽和状態になりそうなものですが、ここで大手総合出版社の新規参入まで招くということは、それだけ自分の小遣いから金を出して本を買う子供が多くなったということなのでしょう。暗いニュースが続く出版業界の中でここには明るい兆しがみえます。

 

(yamada5)